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生きがいは仕事にではなくプライベートに求めよう

こちらから参照。http://ga.hatenablog.com/entry/0013
妙に納得。。
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このブログのタイトルロゴに書かれているとおり、「仕事はクソ」である。楽しいことも、それが仕事となればクソと化す。実際、私の周りでも、好きでなった職業なのに「人間関係で苦労する」「辞めたいと思ったことが何度もある」とよく聞く。

仕事は選べない、我慢あるのみ

仕事がクソな最大の理由は、拘束されているからだと思う。友達、恋人や趣味であれば選ぶことができる。気が合わない友達とは疎遠になるし、恋人であれば別れればいい。趣味であっても、飽きたら変えられる。ところが、仕事となればそうはいかない。嫌みを言ってくる上司がムカつくからといって、変えるなんてことはできない。無理難題を押しつけてくる顧客を変えること も、馬が合わない同僚を変えることもできない。転職という選択肢があるが、新しい職場の上司や同僚がいい奴だなんて保証はどこにもない。いや、もっとひどいかもしれない。

ブラック企業でないにせよ、「仕事」というのは大体そんなものだ。これは、日本だろうが海外だろうが一緒だ。管理職や経営者となれば、また視点は変わってくるかもしれないが、普通のサラリーマンにとって、仕事とは「日々の糧を得るために我慢しなければいけない嫌なこと」である。仕事はそういうものだと割り切って、給料は我慢料だと考えよう。

仕事に生きがいなんて存在しない

社畜は仕事に生きがいを求めようとするが、仕事に生きがいなんて存在しない。そもそも仕事に生きがいを求めること自体が無意味な行為である。社畜は、「成長」「自己実現」などと口当たりのよいことを言うが、その人の自己満足なので聞き流せばよい。

中には月曜日が待ち遠しいという人もいるだろう。しかし、それは極めて希である。自分が好きなことが仕事になっている、上司に理解力がある、同僚が学生時代からの親友のように気が合う、やることすべてが純忠満帆ということになれば、仕事も楽しくて仕方がないものになるだろう。だが、そういった職場で働ける確率は、極めて低いのが現実だ。

プライベートが充実しているからこそ仕事にも精が出る

仕事と上手く付き合い、人生を充実させる方法は、生きがいを仕事以外に見いだすこと だ。スポーツ、ゲーム、旅行、クルマ、恋愛、友だち付き合い、好きなことなら何でもよい。既婚者であれば、家族の幸せとなるだろう。当然のことながら、それらを実現させるためにはお金が必要となる。飲み代、旅行代、習い事の月謝、プレゼント代、デート費、教育費などなどだ。

より充実した人生を送るには、大抵そのぶんお金がかかる。より多くのお金を稼ごうと思えば、そのぶん仕事に精を出さなければならない。だからこそ、人々は、高い賃金を得るために努力したり、より良い職場を求めて転職したりするのだ。現状に満足しているならば、今以上に仕事に精を出す必要はない。クビにされない程度に頑張ればよい。プライベートが充実しているからこそ、仕事にも精が出るし、つらい仕事でも我慢できるのではないかと思う。

社畜が言うように、仕事を生きがいにするとどうなるか。答えは簡単だ。人間が壊れていくだけである。その結果が、仕事を発端としたうつ病であり、人身事故という名の電車飛び込み自殺であり、過労死であり、過労自殺であり、家庭崩壊であるのだ。実際に、平日に仕事に向かうサラリーマンの表情と、週末に友達や恋人と遊びに行く人の表情はまるで違う。幸せの青い鳥は仕事ではなく、プライベートにいるのだ。

つらい仕事を乗り切るためゴールを設定しよう

私は、つらい仕事を乗り切るために、自分自身でゴールとゴールした後の「我慢した自分へのご褒美」を設定することをおすすめしたい。一日のゴールを勤務時間終了後に、一週間のゴールを週末に、季節のゴールをGW・夏休みや年末年始などの長期休暇に、仕事人生のゴールをリタイア後に見いだす。例をいくつか挙げよう。

今日の仕事が終わったら、
・友達と飲みに行こう
・スポーツして汗を流そう
・日帰り温泉に行こう
・好きなチームのスポーツ中継を見ながらビールを飲もう
・今週の土日は、恋人とデートしよう・学生時代の友達と遊びに行こう
・次の長期休暇は、ヨーロッパに行こう・南の島でバカンスに行こう
・リタイアした後は、妻(夫)と田舎に移住しよう

といった具合だ。「仕事はつらいけど、その先には楽しいことが待っている」と考えれば、仕事の重荷も若干は楽になろう。
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